大阪地方裁判所 平成7年(ワ)11337号 判決 1997年3月26日
原告
甲野花子
右訴訟代理人弁護士
武田純
同
斎藤浩
同
斎藤ともよ
同
池田直樹
同
阪田健夫
同
河原林昌樹
被告
株式会社学研ジー・アイ・シー
右代表者代表取締役
沢田一彦
右訴訟代理人弁護士
森美樹
同
森有子
右訴訟復代理人弁護士
森炎
主文
一 被告は、原告に対し、一八万〇四三一円を支払え。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は原告の負担とする。
四 この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 原告が、被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 被告は、原告に対し、一一八万〇四三一円及びうち一〇〇万円に対する平成七年九月一六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員並びに平成七年九月一六日以降毎月二五日限り各一七万三九〇〇円を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 第2項につき仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張した事実
一 請求原因
1 被告は、大学入学指導に関する企画及び教室の経営等を業とする株式会社であるところ、原告は、被告との間で、平成六年九月七日、基本給月額一二万四二〇〇円、職務手当月額二万八〇〇〇円、通勤手当実費支給(原告の場合、月額二万二〇〇〇円であった。)、賃金の締日は毎月一〇日、支払日は毎月二五日との約定で労働契約を締結し、被告大学進学研究会奈良営業所(以下「奈良営業所」という。)にセクレタリーと称する従業員として勤務した。
2 原告は、奈良営業所のセクレタリーであるH(以下「H」という。)が出勤簿の改竄等の不正行為をしていることに気付き、平成七年七月ころ、右事実を被告東京本社(以下「東京本社」という。)に報告した。
3(一) 原告の上司であり被告大学進学研究会大阪事業本部(以下「大阪事業本部」という。)勤務のD部長(以下「D」という。)は、平成七年八月九日、原告を、右Hのことで話をしたいとの理由で新大宮駅前に呼び出した。原告がこれに応じたところ、Dは、荷物をホテルの部屋へ置いていきたいからと言って同人の乗用車で原告を奈良シティホテルへと連れて行った。
(二) Dは、奈良シティホテルに到着すると、「駐車場で待っています。」という原告の言葉にもかかわらず、原告をフロントまで強引に同行させ、さらに、「ここでは何だから、荷物を置きに行くのに部屋まで付いてきてくれ。」と述べ、原告を右ホテルの個室に同行させようとした。
原告は、Dに対し、「そういう目的で来たわけではないですから、フロントで待っています。」と大声で何度も拒否したが、Dは、「恥ずかしいから、大声を出すのをやめてくれ。」などと述べ、執拗に個室への同行を求めた。
(三) 原告は、やむなくエレベーターまで同行し、エレベーターを降りた所でも、「ここで待っています。」と述べて個室への同行を拒否した。しかし、Dは、「部屋まで来てくれ。」と述べ、部屋のドアを開いて原告を部屋へ入れようとするしぐささえ見せた。
原告が、これを強硬に拒否し、帰ろうとすると、「もっと君に話したいことがあるから、タクシーを拾って、どこかへ食事に行こう。」と引き止めて原告を食事に誘い、その際、「今日のことは誰にも言うな。」と原告に口止めをした。
原告がしぶしぶ食事の誘いに応じたところ、Dは、原告に対し、奈良シティホテルを出る際にも、「今日あったことは、絶対に言うな。」と、再度念を押した。
(四) Dは、原告を居酒屋「村田」に連れていったが、用件であるはずのHの不正行為の問題についてはほとんど触れようとせず、自らの部下の女性従業員とDの退社後の関係について自慢げに話し、「泣き上戸の女の子の中には抱きついてくる子もいる。ワイシャツに口紅がついたりすることもあるのよ。」など女性の言葉遣いを交えつつ、「大阪本部の女の子の髪の毛なんか手触りまで全部知っている。」と述べて、原告の肩を抱いた。
このため、原告が、「何をされるんですか。もう話はありませんから、帰らせてもらいます。」と述べて帰ろうとすると、Dは、「やあ、まあまあ、まだ話があるから。」などと述べて、さらに引き止め、結局、間もなく右「村田」を出ることになったが、帰る際にも、「今日あったことは、絶対言うな。」と念を押した(以上3(一)ないし(四)記載のDの一連の行為を「本件性的嫌がらせ行為」という。)。
4 原告は、東京本社の営業部のS課長(以下「S」という。)に対し、平成七年八月一〇日、Dの本件性的嫌がらせ行為を報告したところ、Dは、原告に対し、同月一一日、電話で「よくもS課長に言ってくれたな。いずれ大阪本部に来てもらうことになると思うけれど、覚えとけよ。」などと申し向け、同月一二日正午ころ、再度電話で、「一四日に大阪本部に来い。時間は、また後で連絡を入れる。覚悟しとけよ。わかったな。」などと言った。
5(一) Dは、平成七年八月一四日、大阪事業本部において、原告に対し、「会社を守る側としては、どうしても犠牲になってもらう人が必要だ。あなたに犠牲になってもらいます。平成七年九月一五日付けで解雇します。」と通告した。
(二) 原告がDに対して解雇理由についての説明を求めたところ、Dは、<1>会社の風紀を乱したこと、<2>会社に損害を与えたこととの抽象的な説明をしたのみであったが、最終的には、「あれほど言っただろう。本社には電話するなと言ったのに、お前はした。電話したお前が悪いんだ。わかったか。」と発言した。
6 Dは、平成七年八月二五日、奈良営業所を訪れ、原告に対し、「お願いだから、会社をこれ以上、もめさせないでくれ。一身上の都合でも何でもいいから退職届を書いて送れ。身分証明書と保険証も送れ。出勤簿については、今日までの分は書いて、あとはそのまま送れ。こちらであとの分は書き込んで、出勤したことにして、本社に送るから。」と告げ、O奈良営業所長(以下「O」という。)も、原告に対し、「明日から来なくていいから、仕事の引継ぎだけしていってくれ。」と告げ、原告が帰る際には、社内の書類を持ち出していないか鞄の中までチェックした。
7 被告は、原告に対し、平成七年九月一一日、「雇用契約解除に関する確認通知書」と題する書面を送付し、同月一五日をもって原告を解雇する旨の意思表示をした(以下「本件解雇」という。)。
8 被告は、原告に対し、平成七年八月一一日から右解雇の平成七年九月一五日までの間の賃金一八万〇四三一円及び同月一六日以降の賃金月額一七万三九〇〇円の各支払をしない。
9 被告による本件解雇は、Dによる本件性的嫌がらせ行為を隠蔽するため原告を社外に放逐しようとしてなされた悪質なものであって、全く根拠を欠く違法かつ無効なものであるので、不法行為を構成する。
原告は、右不法行為により著しい精神的苦痛を被った。右精神的苦痛を慰謝するには、金銭にして一〇〇万円を下らない。
10 よって、原告は、被告との間に労働契約上の権利を有することの確認を求めるとともに、労働契約に基づき、平成七年八月一一日から同年九月一五日までの賃金一八万〇四三一円及び同年九月一六日以降毎月二五日限り一七万三九〇〇円の支払並びに不法行為に基づく損害賠償請求として、一〇〇万円及びこれに対する不法行為(本件解雇)の日の翌日である平成七年九月一六日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1は認める。
2 同2は否認する。
ただし、当時、原告とHとの関係は険悪であり、両者の確執を放置することは職場内秩序にとってゆゆしい問題となっていた。
3(一) 同3(一)のうち、Dが原告の上司で大阪事業本部の部長であること、Dと原告が、平成七年八月九日、乗用車に同乗して奈良シティホテルに同行したことは認め、その余は否認する。
原告は、かねてからHにつき事実無根の中傷などを行っており、両者の確執を放置することが問題となっていたので、Dは、当日、原告と会って事情聴取する目的で、大阪事業本部から乗用車で奈良営業所に赴き、仕事を終えた原告を右車両に同乗させ、「どこか話のできるところはないか。」と尋ねたが、「知らない。」とのことだったので、とりあえずその日宿泊予定の奈良シティホテルにチェックインのために立ち寄った。
(二) 同3(二)のうち、Dと原告が奈良シティホテルに共に入ったことは認め、その余は否認する。
Dが、原告をロビーで待たせてフロントで手続を済ませ、「荷物を部屋に置いてくるから待っていて。」とエレベーターで部屋に向かおうとしたところ、原告は、Dに付いてきた。
(三) 同3(三)のうち、Dが原告を奈良シティホテルにおいて食事に誘ったことは認め、その余は否認する。
右ホテルの部屋に着いた際、Dは、原告が早く話をしたいのではないか、また、他人に話を聞かれるのがいやなのかと思い、原告を部屋に招き入れると、原告は、ごく自然に部屋の中に入ってきた。
原告は、Dに対し、右部屋の中で小さなテーブルを挟んで一時間ほど勤務先での様々の不満を話した。Dは、原告が次第に落ち着いてきたので、原告を食事に誘い、先にフロントで待たせている間、部屋内で仕事の電話などをしてからフロントに降りていった。
(四) 同3(四)のうち、Dが原告と居酒屋風の店で共に食事をしたことは認め、その余は否認する。
Dは食事のために、「どこかいい店を知らないか。」と原告に尋ねたところ、原告が、「西大寺の方なら知っている。」というので、タクシーでその店に行った。Dと原告は、その居酒屋風の店でカウンターに並んで腰掛け、食事をしながら話をしたが、Dは、専ら原告の話を聞く姿勢であり、多少、教訓的な話をしたことはあったが、それ以外に原告主張のようなことを言ったことは全くない。
4 同4は否認する。
5(一) 同5(一)のうち、被告が原告に対し、平成七年八月一四日、解雇する旨通告したことは認め、その余は否認する。
(二) 同5(二)は否認する。
6 同6は否認する。
7 同7は認める。
8 同8は認める。
9 同9は争う。
原告が、東京本社に対し、平成七年七月二〇日、奈良営業所の同僚であるHと、被告大学進学研究会の豊橋、岐阜及び奈良の各営業所を統括するT統括所長(以下「T」という。)が愛人関係にあるなどといった密告をする電話を架けたことから、被告は、同月二五日、原告の勤務状況について調査を開始した。その結果、後記のような原告の様々の問題行動が明らかとなったため、被告は、同年八月五日ころには、原告の解雇を社内的に決定した。同月九日にDが奈良営業所を訪れたのは、既に決定していた解雇の伝達のための過程にすぎない。
したがって、時間的にも、本件解雇が本件性的嫌がらせ行為の隠蔽であるという原告の立論は成り立たない。
三 抗弁
1 主位的抗弁(解雇)
(一) 原告は、事実無根であるにもかかわらず、TとHが愛人関係にあるとの憶測を抱き、就業時間中にもかかわらず、長時間にわたって奈良営業所や被告大学受験指導センターの大阪主管センターのスタッフに右両名の愛人関係について言いふらし、平成七年七月二〇日ころには、右愛人関係の件と自己がHから不当に扱われている旨を東京本社に密告・中傷した。
(二) 原告は、奈良営業所内において、過去数年間の同営業所の女性従業員の退職は、すべてTとHの責任であると吹聴した。
(三) 原告は、事実無根であるにもかかわらず、Hが奈良営業所の業務用銀行口座から金銭を一部流用していると断定し、上司に訴えた。
(四) 原告は、事実無根であるにもかかわらず、Hが奈良営業所の出勤簿の改竄を行ったと断定し、上司と大阪主管センターの責任者に訴え、同センターの女性従業員に対し、Hを中傷する話をした。
(五) 原告は、通常の事務処理ができないなど成績不良で、クレジット会社への連絡を忘れるなど仕事上取り返しのつかないミスを犯していた。
(六) 原告の右各所為は、被告嘱託社員就業規則一五条二項(与えられた仕事に適さない等、社員として不適当と認められたとき)に該当するものである。
(七) 被告は、平成七年八月一四日、Dを通じて、原告に対し、口頭で原告を解雇する旨通告した。さらに、被告は、原告に対し、同年九月一一日、書面により、九月一五日をもって本件解雇をした。
2 予備的抗弁(契約の期間満了)
(一) 被告は、原告を、平成六年九月七日、嘱託社員として採用したものであり、その労働契約には次の約定があった
(1) 契約期間 平成六年九月七日から平成七年三月一〇日まで
(2) 被告は、契約期間満了前に考課を行い、それに基づいて以後の原告との契約の継続、不継続を決める。ただし、原告が就業規則に違反したとき、又はやむを得ない業務上の都合によるときは、契約期間中でも、被告は、契約を解除することができる。
(二) 原告と被告は、平成七年三月一一日、右契約を更新し、その期間を平成八年三月一〇日まで延長した。
(三) 平成八年三月一〇日は経過したから、原・被告間の契約関係は右期間の満了により終了した。
四 抗弁に対する認否
1 主位的抗弁(解雇事由の存在)について
(一) 抗弁1(一)は否認する。
TとHが愛人関係にあるとの噂は、奈良営業所のみならず、他の営業所にも広まっていたのは事実であるが、これは、原告が採用される以前からのことであり、原告が知ったのも、他の営業所の従業員から聞いてのことであった。したがって、このような噂を原告が言いふらすはずもなく、また、言いふらしたところで何のニュース価値もない。
また、被告は、原告に対し、Hの素行を手紙に書いて送るよう依頼するなど、原告に積極的にHの素行調査への協力を求めていたのであるから、これを原告が東京本社に報告することに問題はない。
(二) 同1(二)は否認する。
原告は、女性従業員の退職についての噂を耳にしたことがあるが、そのようなことは、原告が採用される以前の出来事であるから、原告が知るはずもなく、言いふらせるはずもないものである。
(三) 同1(三)は否認する。
奈良営業所の銀行口座にH個人宛の金銭が振り込まれるなど不明朗な部分があったことは事実であり、原告がその点を指摘したことはあるが、これをHによる流用であると断定したことはない。
(四) 同1(四)は否認する。
Hが出勤簿の改竄を行っていたのは事実であり、原告がその問題点を指摘するのは当然のことである。
現に、Hは、原告に対し、本件解雇がなされた後、自宅待機処分を経て解雇された。
(五) 同1(五)は否認する。
(六) 同1(六)は争う。
(七) 同1(七)は認める。
2 予備的抗弁(契約の期間満了)について
(一) 同2(一)は認める。
しかし、(2)の契約期間満了前の考課なるものは、形骸化しており、嘱託社員契約の実質は期間の定めのない労働契約である。
(二) 同2(二)は認める。
(三) 同2(三)の主張は争う。
五 再抗弁
1 本件解雇は、前記のとおり解雇理由を欠くものであるので、無効であり、また、著しく相当性を欠くので、解雇権の濫用として無効である。また、本件解雇は、右解雇に際し、その旨を原告に対し告知し、その意見を聴取するなどしていないので、無効である。
2(一) 原・被告間の労働契約(嘱託社員契約)は、期間契約の形をとっているが、特段の事情のない限り毎年更新されていくことが予定されていたものであり、現に、被告嘱託社員就業規則においても、年次有給休暇に関する翌年への繰越規定(七条二項)、年一回の昇級に関する規定(一二条)のように、契約の更新を当然の前提とする規定が設けられている。
(二) 嘱託社員契約が更新される際、被告による実質的な審査や原告との面接といったものは全く実施されず、嘱託社員は、ただ嘱託社員契約書に署名捺印して返送するよう指示があるにすぎないなど、その契約更新手続は形骸化している。
(三) 嘱託社員の中でこれまで解雇理由もないのに契約の更新を拒絶された例はなかった。
(四) したがって、嘱託社員契約は、実質的に見て期間の定めのない雇用契約に近い性質を有するものであり、契約が更新されることが合理的に期待される状況にあったから、解雇に関する法理が類推される。
そして、本件解雇は、解雇事由なしになされたものであるから、無効であり、また、相当性を欠くので、解雇権の適用に当たる。
六 再抗弁に対する認否
1 再抗弁1は争う。
2(一) 再抗弁2(一)のうち、被告嘱託社員就業規則に原告主張の記載があることは認め、その余は否認ないし争う。
(二) 同2(二)のうち、原告に対する更新の際に面接を実施せず、嘱託社員契約書に署名捺印して返送するように指示したことは認め、その余は争う。
(三) 同2(三)は否認する。
(四) 同2(四)は争う。嘱託社員契約について、原告には、合理的期待がない。
被告会社における嘱託社員の在職状況は、全体平均で約三・九五年であり、また、最近の嘱託社員の中には、一度も更新せずに期間満了による雇い止めとなった者もおり、一回ないし二回の更新後雇い止めとなった者も少なくない。したがって、原・被告間の嘱託社員契約の更新に解雇権濫用の法理が類推される余地はない。
第三証拠
証拠については、本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
第一認定される事実
当事者間に争いのない事実に、(証拠・人証略)に、弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。
一 平成七年八月九日に至る経緯
1 被告は、大学入学指導に関する企画及び教室の経営等を業とし、東京に本社を有する株式会社であるが、具体的な営業活動を行う営業所のうち、新潟以西を中心とする各営業所(奈良営業所を含む。)は概ね大阪に事業本部を置く大学進学研究会が統括しており、東京本社と大学進学研究会傘下の各営業所との連絡等は、大阪事業本部を通じてなされている。
ところで、大阪事業本部傘下の営業所の一つである奈良営業所は、右大学進学研究会とは別の部門である被告大学受験指導センターの大阪主管センターの指揮下にもあったが、平成六年当時は、O所長以下課長代理、係長、指導員と称する営業員五、六名、事務職のセクレタリーと称する女性従業員二名及びアルバイトで構成されていた。そして、右セクレタリーのうち、Hは非常に仕事熱心で職務に通じていた面がある一方、セクレタリーとしては古株で他のセクレタリーとは年齢的にも離れており、仕事ぶりも厳格であったため、当時奈良営業所で同僚だったセクレタリーのMとの関係で円満を欠く点があった。
右Mは、同年夏ころ、被告を退職することとなったので、被告は、同年八月下旬ころ、奈良営業所のセクレタリーとして嘱託社員を募集した。そして、被告は、書類審査及び面接の結果、応募してきた原告を採用することに決定し、同年九月七日、原告との間で左記の約定で嘱託社員契約を締結し、原告は、奈良営業所でHの指導を受けながら、セクレタリーとして奈良営業所に勤務することとなった。
記
(1) 契約期間 平成六年九月七日から平成七年三月一〇日
(2) 賃金(月額)
基本給 一二万四二〇〇円
職務手当 二万八〇〇〇円
交通費 二万二〇〇〇円(実費支給)
(3) 賃金の締日は毎月一〇日、支払日は毎月二五日
(4) 被告は、原告の契約期間満了前に、原告の考課を行い、それに基づき以後の契約の継続または不継続を決め、契約を継続するときは、原告の能力に応ずる給与条件を決定のうえ新たに契約を締結する。ただし、被告は、原告が就業規則に違反したとき、又はやむを得ない業務上の都合によるときは、契約期間内であっても、嘱託社員契約を解除できる。
2 しかしながら、原告は、嘱託社員として採用後もセクレタリーとしての職務に習熟せず、初歩的なミスが多かったため、職場で原告を指導する立場にあるHは、自己の仕事内容に自信を有していたこともあって原告の仕事ぶりに満足せず、原告に対して辛辣な言葉を投げかけるなど厳しい態度をとるようになっていった。原告は、平成七年三月一一日、被告との間で前記嘱託社員契約を契約期間を平成八年三月一〇日までとして更新したが、その後も原告の業務成績は向上せず、Hと原告との関係も悪化の一途をたどった。このため、原告は、Hの指導を受けることに消極的となり、同年四月ころからはHに対して仕事のことを聞かないようになり、職務上の初歩的な問題についても、大阪事業本部等に電話で問い合わせを繰り返すようになったが、同本部のセクレタリーの指導を受けても、職務になかなか習熟することができなかった。
このような中で、奈良営業所の所長であるOは、原告とHとの間の軋轢を解消しようとして、双方に注意を与えるなどしたが、両者は一切口をきかないなど、その関係は好転しなかった。
3 ところで、奈良営業所では、かねてより、誇大な数字を営業活動で使用したり、未契約の受験生とその保護者を説明会に参加させるなど被告の内規に反する営業活動が行われていたことから、豊橋、岐阜及び奈良の三営業所を統括するTは、セクレタリーとして優秀との評価を受けていたHから、同営業所での出来事について報告を受けるようにしていた。しかし、同営業所の営業員らの中には、このようなHの行動に反発する者もおり、HとTとの関係を追及したり、HとTが愛人関係にあるとの陰口をたたく者もあった。
原告は、かねてよりHとの関係が悪化しており、同人に対して強く反発していたことから、HとTが愛人関係にあるとの右噂を真に受け、平成七年六月ころから、これを奈良営業所内でしつこく吹聴するばかりでなく、同営業所で女性従業員が退職するのはHのせいであると決めつけてその旨を吹聴したり、職務上の問題について大阪事業本部に電話で問い合わせる際に、同本部のセクレタリーに対し、Hの自己に対する処遇の不満を長々と述べるばかりでなく、右愛人関係との噂話を持ち出してHを誹謗したりするようになっていった。このため、Hと原告との関係は更に険悪なものとなってゆき、Oは、原告に対して大阪事業本部等に電話をしないよう強く注意するに至った。
4 しかしながら、原告は、平成七年七月二〇日、かねてからのHに対する不満が高じて、被告のO2常務取締役(以下「O2」という。)あてに、東京本社に電話を架けたが、O2は不在であったため、代りに営業部のS2主任(以下「S2」という。)が右架電に対応した。原告は、その際、S2に対し、HとTが愛人関係にあること、過去に奈良営業所から退職したセクレタリーはHとTが結託して辞めさせたものであること、Hについて使途不明金があること、Hが原告の勤務表を改竄すること、Hの自己に対する処遇の不満等を訴えた。
S2は、被告の一営業所のセクレタリーである原告が、東京本社の常務取締役に直接架電してきたこととその所訴の内容に鑑み、原告に対して話したいことの内容を手紙で書き送るように指示する一方、そのころ、大阪事業本部の部長であるDに対して事実の確認をするように依頼した。
そこで、Dは、同月末ころから具体的な調査に着手したところ、HとTの愛人関係は事実無根であり、過去の奈良営業所のセクレタリーが退職したのはHの厳格な仕事ぶりに付いていけないなどの人間関係の不和に起因するものであって、原告の主張する使途不明金なるものは説明のつくものであるとの調査結果を得たが、Hによる勤務表の改竄については事実の確認がとれなかった。むしろ、Dの調査により、原告が職務に習熟せず、Hとの関係も極めて険悪であるばかりか、HとTの愛人関係に関する噂を各所に吹聴するなどして業務に支障を来していることが判明したため、被告は、大阪事業本部とも協議のうえ、同年八月五日ころには、職場秩序を維持するために原告を契約期間の中途で解雇することに決定した。
そして、Dは、同月七日ころ、たまたま同月一〇日に奈良営業所に出張する用件があったので、原告の話を聞いたうえで解雇を通告することについて東京本社からの委任を受けた。
二 平成七年八月九日の件について
1 Dは、平成七年八月八日、奈良営業所の原告に架電して、翌日奈良に赴くので話がある旨伝えたところ、原告に営業所内では話しにくい様子があることを察し、翌九日の午後五時に営業所外で落ち合うこととした。
そこで、Dは、同月九日午後五時三〇分ころ、奈良営業所の近所で原告と落ち合い、まずは予約してあった奈良シティホテル(ビジネスホテル)にチェックインするために、原告の同意を得て、原告を自己が運転してきた乗用車に同乗させて右ホテルに向かった。
Dは、チェックインを済ませて部屋に荷物を置いてから、原告とレストラン等で食事をしながら解雇の件を話すつもりであったが、Dがホテルの部屋へ向かおうとすると、原告はこれに同行し、Dの部屋の中まで付いてきた。そこで、Dは右ホテルの部屋で原告の話を聞くこととし、約一時間、原告にHに対する不満等を述べさせた。
次いで、Dは、原告が落ち着いてきたことから、食事をしながら解雇の件を話すために原告とともに右ホテルを出て、タクシーで西大寺駅付近に向かい、午後七時三〇分ころ、居酒屋「村田」に入った。
2 Dは、右「村田」で食事をしながら、原告に対し、原告の仕事ぶりに問題があること、HとTの愛人関係を吹聴するばかりか、これを東京本社にまで電話して訴えるなどしたことの問題性を説明し、被告で勤め続けることは困難であるという形で、原告に退職するよう慫慂したところ、原告は、これに対して特段反論することなく、Dの説諭に一応納得した様子を示した。そこで、Dは、原告が被告を退職する旨を納得したものと理解し、午後九時ころ、携帯電話を渡して原告の自宅に電話させたうえで、西大寺駅まで原告を送り、同所で原告と分かれて奈良シティホテルに戻った。
三 本件解雇に至る経緯
1 しかし、原告は自己が被告を退職しなければならないことに納得がいかず、平成七年八月一〇日午前、再度の東京本社営業部に架電し、電話に応対した営業推進課長のSに対し、前日、Dにホテルの部屋に連れて行かれた旨を申し立てた。
他方、Dは、同日午前、大阪事業本部のセクレタリーであるIに対し、前日の件を原告と奈良シティホテルの部屋の中で話し合いをもったことも含めて電話で報告し、同日夕刻、O、Tらと原告及びHの処遇について話し合い、原告を退職させたうえ、Hについては翌年三月の嘱託社員契約更新時に右契約を打ち切る方向で東京本社の承諾を得ることで意見の一致を見た。
2 Sは、Dに対し、平成七年八月一一日午前中、ホテルの件について電話で問い合わせたが、その内容が、原告が付いてきたのではなくDが部屋に連れて行ったというものになっていたため、Dは原告にその旨を電話で確認した。
しかし、原告は、同日午後、奈良営業所で、Tから即刻馘首する旨言われたことから、まず東京本社に、次いで大阪事業本部に対してDあてに電話を架けるなどしたため、Dは、原告の件を放置すると職務に支障が生じることを懸念し、同月一二日、原告に対し、同月一四日午後二時に大阪事業本部に来所するように伝えた。
3 Dは、平成七年八月一四日午後二時、大阪事業本部において、Iを同席させたうえで、仕事の能力が充分でないこと及びHとTの愛人関係に関する噂を吹聴して職場の規律を乱したことを理由として、同年九月一五日付けで正式に解雇する旨を言い渡し、併せて自己都合退職の形を取ることを勧め、原告もこれを一応了承した。しかし、原告は、Dに対し、右の際、Hについて何の沙汰もないことについての不満を申し述べたばかりでなく、自己が解雇されることに納得がいかなかったことから、その後も奈良営業所でHとTの愛人関係の件を話し続けるなどした。このような原告の行動のため、他の従業員の職務に支障を来す旨の報告をOから受けたDは、原告に対し、同月二三日、職場の秩序を乱さないように電話で注意し、さらに、同月二五日、Iを伴って奈良営業所を訪れて原告を叱責し、同日限りで職場に出てこないこと、退職届を送ること、退職手続を取ることを申し渡したところ、原告は、「わかりました。」と言って、以後出勤しなくなった。
その後、被告は、原告に対し、平成七年九月一一日、雇用契約解除に関する確認書と題する書面を送って、同月一五日をもって、本件解雇をし、さらに、平成八年一月二七日、仮に本件解雇が無効であるとしても、原・被告間の嘱託社員契約は同年三月一〇日をもって解消する旨を通知した。
以上の事実が認められる。
第二当事者の主張について
一 本件性的嫌がらせ行為の有無について
1 原告は、Hが勤務表の改竄などの不正行為をしていることを東京本社に報告したところ、Dがそのことで話をしたいと称して原告を奈良シティホテルの部屋に連れ込もうとし、さらに、居酒屋「村田」で性的嫌がらせを伴う言動をしたばかりか、原告がこの件を東京本社に報告したところ、逆にDから解雇する旨の通告を受けた旨主張するので、以下、検討する。
2 奈良シティホテルの件について
(一) 原告は、平成七年八月九日、ホテルで部屋について来るよう執拗に求め、フロントの前で、これを拒否する原告と口論状態となったため、近くにいた人が周囲を取り巻くなどの状態になり、その後、Dは、俺に恥をかかせるなと大声で上まで来いと言ったので、止むなくエレベーターに乗って、部屋の前まで行ったところ、Dが腕を掴んで部屋に連れ込もうとしたが、これを拒否したこと、なお、その際、Dは、原告に対し、右出来事につき、口止めをした旨主張し、(証拠・人証略)中にはこれに沿う部分がある。
(二) しかしながら、Dがまずチェックインのために奈良シティホテルに向かったことはその時刻(午後五時三〇分頃)に照らして自然な行動であること、(証拠略)の各写真によれば、奈良シティホテルのロビーはさして広いものではなく、原告の供述のように周りの人が周囲を取り巻くような状況が発生するのは不自然であること、Dは(証拠・人証略)中で右ホテルの部屋で約一時間ほど原告の話を聞いた旨供述しているが、そのようなDの行動は疑念を抱かれる余地があるにもかかわらず、D自身、翌日の平成七年八月一〇日には、大阪事業本部の女性従業員であるIに対してその旨を電話で自発的に話していること、前掲(証拠略)によると、原告は、右の平成七年八月一〇日、Sにホテルの部屋に連れて行かれた旨を電話で報告したとされているが、これは、その翌日の平成七年八月一一日に東京本社のSが大阪事業本部のDにわざわざDが原告とホテルの部屋で話しをした否(ママ)かについて事実の確認を求めてきたこと符(ママ)節が会(ママ)うことに照らすと、Dが右ホテルの部屋で約一時間ほど原告の話を聞いたとの(証拠・人証略)は信用でき(Dは、右ホテルの部屋の中で約一時間ほど原告の話を聞いたのであって、無理に連れ込んだものではない。また、原告は、部屋に入らなかったものではない。)、Dが原告を無理に奈良シティホテルの部屋に連れ込もうとしたとの事実は認め難く、前記の(証拠・人証略)はいずれも信用することができず、他に原告主張の事実を認めるに足りる証拠はない。
3 居酒屋「村田」の件について
(一) 原告は、Dが原告を居酒屋「村田」に連れて行き、そこで肩に手を回すなど、性的嫌がらせを含む行動に及び、その際、Dは、原告に対し、右出来事につき、口止めをした旨主張し、(証拠・人証略)中にはこれに沿う部分がある。
(二) しかしながら、(人証略)によれば、原告は、翌日(平成七年八月一〇日)に東京本社のSに奈良シティホテルの件を報告した際に、居酒屋「村田」の件を報告していないばかりか、右ホテルの件も含めて、当時原告の相談に応じていたNに対してすら、直ちに相談等していないことが認められること、DはHの不正行為について調べるために大阪から出張しているのに、原告の供述によると右Hの件についてほとんど触れるところがなかったというのはいかにも不自然であって、措信し難いこと、前記のとおり、奈良シティホテルの件もこれを認めるに足りる証拠はないことに加えて、Dが居酒屋「村田」において原告主張のような行動に及んだことについてこれを裏付ける客観的な証拠が何ら存在しないことに照らすと、前記の(証拠・人証略)はいずれも信用することができず、他に原告主張の事実を認めるに足りる証拠はない。
4 本件解雇に至る経緯について
(一) 原告は、本件解雇に至る経緯について、Dから大阪事業本部に呼び出されて本件性的嫌がらせ行為を被告本社に報告したことを理由に解雇する旨通告された旨主張し、(証拠・人証略)中にはこれに沿う部分がある。
(二) しかしながら、そもそも本件性的嫌がらせ行為自体、これを認めるに足りる証拠がないことは前記のとおりであるので、右各証拠はいずれも信用することができず、他に原告の主張を認めるに足りる証拠はない。
5 以上を要するに、本件性的嫌がらせ行為に関する原告の主張については、これを認めるに足りる証拠はないから、本件解雇を本件性的嫌がらせ行為を隠蔽するためになしたとする原告の主張はその理由がなく、原告の被告に対する不法行為に基づく損害賠償請求は、理由がない。
二 原告の解雇理由について
1 前記第一掲記の各証拠によれば、原告は、被告との間で嘱託社員契約を締結し、一度これを更新したにもかかわらず、奈良営業所での職務に習熟せず、指導を受けるべきHとの不和から仕事上の問題点を大阪事業本部のセクレタリー等に再三問い合わせ、それでもなお職務成績に改善が見られず、あまつさえ、Hへの反発から、Hが勤務表を改竄したと主張したり、同人とTが愛人関係にある、右両名は結託して奈良営業所の女性従業員を辞めさせた等の風評を電話などで吹聴し、さらには使途不明金の件も含めて的確な事実確認をせず、被告の会社組織を無視して東京本社にいわば直訴するなどの行動に及んだことは、前記認定のとおりである。
これに対し、原告は右事実をいずれも否認しているので、以下検討する。
2 原告の勤務成績の不良について
(一) 原告は、その勤務成績が特段不良ではなかった旨主張し、(証拠・人証略)中にはこれに沿う部分がある。
(二) しかしながら、原告は平成六年九月に初めて被告に採用されて奈良営業所に配属となったこと、その当時、奈良営業所でセクレタリーの業務に当たっていたのはH一人であり、そのHとの関係が悪化する抜きがたい要因として、原告が被告のセクレタリーとしての業務になかなか習熟しなかったことが挙げられること、原告は採用されて半年ばかりであるに過ぎないから、被告との嘱託社員契約が平成七年三月一一日に更新されたとしてもそのことが原告の勤務成績が優良であることの証左となるものではないこと、原告はその後もHの指導を受けることなく、大阪事業本部に勤務するセクレタリーであるIに、再三初歩的な職務上の問題点について電話で問い合わせを繰り返していることに照らすと、右各証拠はいずれも信用することはできず、むしろ、前記認定のとおり、原告は、その勤務成績上相当の問題を有していたものと認めざるを得ないのである。
したがって、原告の主張はこれを採用することができない。
3 HとTの愛人関係等について
(一) HがTと愛人関係にあるとの風評は公知のものであったことなどについて、(証拠・人証略)中にはこれに沿う部分がある。
(二) しかしながら、(人証略)によれば、HがTと緊密な連絡を取っていた事実は認められるものの、同証人は、当時、奈良営業所では被告の内規に反する営業活動が行われていたことを自認していること、Tは豊橋、岐阜及び奈良の三営業所を統括する立場にある以上、奈良営業所でのこのような実態について報告を求めるのは自然であること、しかしながら平成六年から平成七年ころの間、奈良営業所の営業員らとHとの関係が良好ではなかったことに鑑みると、結局、右愛人関係云々の風評は、統括所長であるTとこれに忠実なHに反発する奈良営業所営業員らによる誹謗に類する陰口として語られていたものと考えるのが自然であるというべきである。これに、原告とHの関係が険悪であったことと原告の前任者MがHとの不和の後に被告を退職したことを合わせ考えると、右各証拠はただちに信用することができず、むしろ、原告が、Hに対する反発として、同人とTの関係や両名により奈良営業所の女性従業員が辞めさせられたなどの風評を吹聴したことは自然なものとしてこれを認めることができるのである。
したがって、原告の主張はこれを採用できない。
4 Hによる勤務表の改竄について
(一) Hによる勤務表の改竄については、(証拠・人証略)中にはこれに沿う部分があり、(証拠・人証略)中には、原告は、被告の東京本社に対して右勤務表改竄の事実について報告したとする部分がある。
(二) しかしながら、そもそも(証拠略)の書き込み部分はこれをHが作成したと認めるに足りる的確な証拠はないこと、奈良営業所の従業員は、(証拠略)の勤務予定表をあらかじめ作成したうえで(証拠略)のような勤務表を勤務実績に応じて作成・提出するものと認められるところ、(証拠略)に対応する原告自身の勤務表は提出されていないため改竄なる事実の確認は困難であること、Hの指示等により勤務予定表と実際の勤務実績に食い違いが生じたとしても、奈良営業所にはHと原告の二人しかセクレタリーがいないから、結局それは原告はHと勤務時間帯を交換したというにすぎないこと、その際、原告がHに対して何らかの異議を申し立てた形跡がないこと、また勤務時間帯の交換により原告に生じる不利益はさほど大きなものとまではいい難いこと、むしろ、原告は、平成六年九月に採用されて以来、Hの厳格な仕事上の指導に充分適応することができず、平成七年六月当時には、Hとの人間関係を極めて悪化させていたことに鑑みると、右各証拠はいずれもにわかに信用することができず、Hによる勤務表の改竄なる不正行為の存在はなお疑わしいものといわざるを得ない。
このことを踏まえて、原告の被告東京本社に対する報告内容について検討するに、従前から原告とHの関係が険悪化していたこと、仮に原告にとって不本意な勤務時間帯の交替を迫られたことがあったとしても、それをもって、大阪事業本部を飛越して東京本社にまで報告する価値を有する重大な不正であるとまでは到底考え難いこと、前記のとおり原告はHとTの愛人関係等について吹聴したり、Hに関する不満を大阪事業本部のセクレタリー等に対して訴えていたこと、その後東京本社はDに依頼してH及び原告の勤務態様等について調査を行っていることに照らすと、前記認定のとおり、原告は、被告の東京本社に対し、Hによる右勤務表改竄の件のみならず、その他のHに関する不満や風評をも充分な裏付けなしに申し述べたものと認めるのが自然である。
したがって、原告の主張はこれを採用することができない。
5 原告の東京本社への報告について
(一) 原告は、S2の求めに応じてHの不正行為なるものを被告の東京本社に報告した旨主張し、(証拠・人証略)中にはこれに沿う部分がある。
(二) しかしながら、東京本社営業部営業推進課のS2が奈良営業所のセクレタリーに対して直接架電したり、勤務表の改竄という程度の不正行為に対して被告の常務取締役であるO2が原告に直接確認を求める電話をするというのは被告の会社組織に照らして極めて不自然であること、原告が平成七年八月一〇日に奈良シティホテルの件について自ら直接に東京本社営業部に架電し、さらに、翌一一日にはTから馘首を言い渡された際にも再度東京本社に架電したことは原告も自認していること、S2からの電話の日付及び回数について原告作成の(証拠略)と原告本人尋問の結果には矛盾があることに鑑みると、右各証拠はいずれも信用することができない。
むしろ、従前から原告とHとの関係が険悪化していたこと、原告がHとTの関係等、Hを誹謗する内容の言辞を繰り返していたこと、S2は被告の東京本社営業部の主任であって、人事問題を取り扱う部署にあるとは考え難いこと、被告がHによる勤務表改竄というどちらかというと些末な問題に起因してHの勤務態様等を調査するのは不自然であること、被告がHの件ばかりでなく原告自身についても調査を行い、その結果、Dが同月九日に個別に原告との面会を求めてきたこと、原告は奈良シティホテルの件について翌一〇日午前中に被告の東京本社営業部に直接架電していること、Tが同月一一日には原告に対して馘首を言い渡す(原告も自認している。)など、この時点で既に被告においては原告を解雇することについて一定の合意ができていたと推認されることに照らすと、前記認定のとおり、原告は、平成七年七月二〇日ころ、自ら東京本社に架電し、HとTの関係やHによる不正行為なるものについてS2に訴えたものと認めるのが自然である。
したがって、原告の主張はこれを採用することができない。
6 以上の次第であるから、原告の前記所為に対し、被告が嘱託社員就業規則一五条二項(与えられた仕事に適さない等、社員として不適当と認められたとき)を適用してなした本件解雇は、社会通念上相当なものとしてこれを是認することができ、これをもって、解雇権の濫用であるというべき余地はない。したがって、原告は、平成七年九月一五日をもって被告との間の労働契約上の地位を喪失したものというべきである。
なお、(証拠略)(嘱託社員就業規則)上、被告において、嘱託社員を解雇するに際して、解雇する旨を事前に告知し、これに対し、意見を聴取すべき旨の規定はないので、本件において、右手続を経ていないとしても、これを違法というべき理由はない。
それゆえ、予備的抗弁等その余の主張につき判断するまでもなく、原告の労働契約上の地位確認請求及びこれを前提とする賃金請求はいずれも失当であるを免れない。
第三結論
以上から、原告の請求は、平成七年八月一一日から同年九月一五日までの賃金一八万〇四三一円の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条ただし書を適用し、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中路義彦 裁判官 長久保尚善 裁判官 井上泰人)